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大阪地方裁判所 昭和63年(行ウ)31号 判決 1990年1月25日

大阪市鶴見区緑1丁目5番6-417号

原告

谷崎雅弘

右訴訟代理人弁護士

筒井貞雄

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号

被告

右代表者法務大臣

後藤正夫

右指定代理人

下野恭裕

外5名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は,原告に対し,7,425,161円及び内7,415,211円に対する昭和44年1月1日から,内9,950円に対する昭和45年7月11日から各支払済みまで年7.3%の割合による金員を支払え。

2  原告と被告との間で,原告が被承継人谷崎啓子にかかる被相続人谷崎友積の相続税につき,本税758,115円並びにこれに対する利子税及び延滞税につき納税義務のないことを確認する。

3  訴訟費用は,被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  谷崎友積(以下「友積」という。)は,昭和37年9月2日に死亡し,妻の谷崎津留子(以下「津留子」という。)及び子の谷崎啓子(以下「啓子」という。)がその権利義務を承継した。その後,津留子は昭和51年3月31日に死亡し,啓子がその権利義務を承継したが,啓子は昭和60年11月19日に死亡し,原告がその権利義務を承継した。

2  南税務署長は,啓子の被相続人友積にかかる相続税の申告(以下「本件申告」ともいう。)に対し,昭和39年12月19日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分(以下これらを合わせて「本件各処分」という。)をしたので,啓子は,別表記載のとおり相続税等を納付したが,被告は,昭和61年3月10日付けで啓子の承継人である原告に対し,啓子の未納税額758,115円並びにこれに対する利子税及び延滞税の納税義務がある旨告知した納税義務承継通知書(以下「本件通知書」という。)を送付し,右納付を請求する。

3  しかしながら,啓子は,次のとおり相続税を過大に納付してきた。

(一) 本件各処分は,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を友積の所有であるとし,啓子の相続財産に含めた。

(二) ところが,本件土地は,次のとおり真実は原告の父である上野振浩(以下「上野」という。)の所有であり,友積は単なる登記名義人にすぎない。

(1) 上野は,昭和30年頃から北朝鮮との貿易に従事していたが,仕事の関係上国内にいるのはごく短期間にすぎず,また日本語の読み書きもほとんどできなかったので,本件土地で営業していたキャバレーの経営も含め,国内の事務は,すべて従業員の石川時次郎に任せていた。

(2) 本件土地は,上野がもと所有していたが,昭和32年8月頃キャバレーのビール代債務の代物弁済として上野からアサヒビール株式会社(当時は朝日麦酒株式会社,以下「アサヒビール」という。)に所有権移転登記がされたのち,同年11月頃上野が右債務を弁済して再び所有権を取得した。ところが,アサヒビールからの右所有権取得事務を行った右石川は,上野が再び本件土地の所有権を取得した際に何らかの事情により,同土地の所有名義人を友積とした。

(3) 右(2)の事情を全く知らなかった啓子は,友積の死後本件土地の登記簿上の記載によって津留子及び啓子が本件土地を相続したものと誤信し,本件申告をしたほか,本件土地を担保に丸忠株式会社(以下「丸忠」という。)の実質的経営者である陳学忠から金を借り入れたが,その際,啓子が内容を十分に検討しないで本件土地の売買契約書に署名をしてしまったので,右陳は,これを口実に本件土地を占有するようになったばかりか,本件土地の所有名義も相続による所有権移転登記を経由した啓子から丸忠へと移転された。

(4) 右事態を知った上野は,丸忠や啓子らを被告として右登記等の抹消を求める訴訟を提起し(一審当庁昭和46年(ワ)第4188号,以下「別件訴訟」という。),同訴訟の判決において,本件土地は上野の所有であったとの認定がなされた。なお,上野は右事態を知った後,その原因を作出した啓子を責め,暴力を加えたりしたので,いたたまれなくなった啓子は昭和43年頃家出し,行方不明となった。

(5) 原告は,その後昭和59年秋頃には啓子と連絡が取れるようになったが,啓子からは相続税についての右経緯を何ら聞かされていなかったので,被告が原告に対して本件通知書を発するまでは,啓子の相続税や本件土地をめぐる問題については,全く知らなかったものである。

(三) 右によれば,本件申告及びこれに基づく本件各処分には,明白かつ重大な瑕疵があり無効であるから,原告は被告に対し,啓子が過大に納付した相続税の返還を求めることができる。

(四) 啓子の正当な相続税額は,496,914円である。

4  よって,原告は,被告にたいし,啓子がすでに納付した相続税,過少申告加算税,利子税及び延滞税の合計7,912,125円の一部である過誤納金7,425,161円並びに内昭和43年12月23日までに納付した7,415,211円については最終の納期限の後である昭和44年1月1日から,内昭和45年7月10日に納付した9,950円については右納付の日の後である昭和45年7月11日から各支払済みまで国税通則法(以下「通則法」という。)58条所定の還付加算金と同率である年7.3%の割合による金員の各支払をもとめるとともに,未納相続税額758,115円並びにこれに対する利子税及び延滞税について納税義務のないことの確認を求める。

5  仮に,右主張が認められないとしても,本件における請求原因3(二)の事情に照らせば,被告が原告に対して啓子の未納相続税の納付を請求することは,事情をよく知らない啓子や原告に対して不利益を強いるもので,権利の濫用である。したがって,原告の請求の趣旨2の請求は認められるべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める

2  請求原因3について

(一) 同冒頭部分の主張は争う。

(二) 同(一)の事実は認める。

(三) 同(二)について

(1) 同冒頭部分は争う。

(2) 同(1)の事実は否認する。

(3) 同(2)のうち,本件土地について昭和32年8月に代物弁済を原因として上野からアサヒビールに対し所有権移転登記手続がなされたこと及び同年11月に同土地について友積名義の所有権移転登記がなされたことは認め,その余の事実は否認する。

(4) 同(3)のうち,啓子が本件申告をしたことは認め,その余の事実は否認する。

(5) 同(4)のうち,上野が別件訴訟を提起し,同訴訟の判決において本件土地が上野の所有であるとの認定がされたことは認め,その余の事実は否認する。

(6) 同(5)の事実は否認する。

(四) 同(三)及び(四)は争う。

3  請求原因5は争う。

三  被告の反論

1(一)  津留子及び啓子は,昭和38年3月1日付けで南税務署長に対し,被相続人友積にかかる相続税の申告をしたが,これによると,津留子の納付すべき税額は725,410円,啓子のそれは2,701,460円であった。

(二)  これに対して南税務署長は,昭和39年12月19日付けで本件土地は啓子が単独相続したものである等の理由で,津留子に対しては納付すべき税額を269,960円とする減額更正処分を,啓子に対しては納付すべき税額を6,959,150円とすること等を内容とする本件各処分をそれぞれ行った。

(三)  啓子は,本件各処分について不服申立てをすることなく,右税額について南税務署長による延納の許可を受け,これを別表記載のとおり納付した。ところが,啓子及びその権利義務の承継人である原告は,その後右更正にかかる相続税のうち本税758,115円及び利子税170,800円を納付しなかったので,被告は,昭和61年3月10日付けで原告に対し,本件通知書を送付した。

2(一)  申告納税方式の租税にあたっては,納税者の申告によって納付すべき税額が確定するから,納税者は,申告が過大であるときには,申告がそれ自体無効である場合を除き,通則法23条による更正の請求によってその是正を図るべきであり,これをしない限り,申告により納付した租税が不当利得となることは原則としてない。そして,例外的に,納税申告書の記載内容に客観的に誤認が一見して看取できる明白かつ重大な過誤があり,通則法等の定める方法以外にその是正を許さないならば,納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には,納税者は,申告が無効であるとして,申告により納付した租税を不当利得として返還請求できる場合がある。

(二)  これを本件についてみるに,啓子は法定の期間内に更正の請求をしていないから,納付すべき税額は確定しているうえ,仮に啓子が本件土地が友積の所有であると誤信した結果本件申告をしたものであるとしても,右錯誤は外形上客観的に誤認が一見して看取できるものではないから,本件申告には明白かつ重大な瑕疵はない。そして,原告の主張する事由によっては,いまだ右特段の事由は認められない。

(三)  したがって,本件申告ないし本件各処分が無効であることを前提とする原告の本訴請求は,いずれも理由がない。

第三証拠

証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで,啓子において相続税を過大に納付したかどうかについて判断する。

1  いずれも成立に争いがない甲第1ないし第3号証,第6ないし第12号証及び第14号証(甲第6ないし第8号証は,いずれも原本の存在も争いがない。),官署作成部分はその方式及び趣旨により公務員がその職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべきであり,その余の部分は弁論の全趣旨により成立が認められるから,結局全部につき成立の認められる乙第1号証の1,いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる乙第1号証の2ないし8,第2号証の1,2,第3号証の1ないし8及び第4号証の1,2並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(一)  上野は,啓子との間に原告(昭和27年8月10日生)をもうけてまもなくして,啓子,原告並びに啓子の両親である友積及び津留子と同居するようになり,昭和30年頃からは,従来のキャバレー経営に加え,大洋商社の屋号で北朝鮮との貿易に従事するようになった。

(二)  本件土地は,もと上野の所有名義であったが,昭和32年8月に代物弁済を原因としてアサヒビールに対する所有権移転登記がなされ,更に同年11月には,アサヒビールから友積に対する所有権移転登記がなされた(以上の事実は,当事者間に争いがない。)。

(三)  友積は昭和37年9月2日に死亡し,津留子及び啓子がその権利義務を承継した。そこで,津留子及び啓子は昭和38年3月1日付けで南税務署長に対し,友積にかかる相続税の申告をしたが,これによると,本件土地は右両名の相続財産として掲げられており,津留子の納付すべき税額は725,410円,啓子のそれは2,701,460円とされていた。これに対して南税務署長は,昭和39年12月19日付けで本件土地は啓子が単独で相続したものであること及び公租公課の額が過大に計上されていたことを理由に啓子に対し,本件各処分を行ったが,啓子はこれにつき何らの不服申立ても行わず,南税務署長に対し,相続税の延納を申請してその許可を受けたうえ,別表記載のとおり,相続税及びこれに付帯する各税額を納付した(友積が死亡し,津留子及び啓子がその権利義務を承継したこと,右両名が右のとおり相続税の申告をしたこと,南税務署長が啓子に対して本件各処分を行ったこと並びに啓子が同処分に対して何ら不服申立てを行わず,別表記載のとおり相続税等を納付したことは,いずれも当事者間に争いがない。)。

(四)  その後,本件土地は,昭和39年1月1日付けで相続を原因として友積から啓子への所有権移転登記がなされたが,更に昭和42年7月5日付けで売買を原因として啓子から丸忠への所有権移転登記がなされた。こうした事態を知った上野は,昭和46年に至り,本件土地は上野の所有であると主張し,啓子や丸忠らを被告として右所有権移転登記等の抹消登記手続を求める別件訴訟を提起した。別件訴訟における判決は本件土地は上野の所有であると認定し,右訴訟時にすでに行方不明となっており,公示送達による呼出しがなされていた啓子に対する請求は認容したものの,所有権取得後,これが友積名義のまま放置されていたことにつき民法94条2項を類推適用し,その余の被告らに対する請求をいずれも棄却した(上野が別件訴訟を提起し,同訴訟の判決において本件土地が上野の所有であるとの認定がされたことは,当事者間に争いがない。)。

(五)  啓子は昭和60年11月19日に死亡し,原告がその権利義務を承継したが,啓子の前記相続税は前記のとおりその一部が未納であったので,被告は,昭和61年3月10日付けで原告に対し,本件通知書を送付した。これに対して原告は,昭和61年4月25日付けで南税務署長に対し,友積が本件土地を所有していなかったことを理由に啓子の前記相続税について更正の請求をしたが,南税務署長は,同年6月24日付けで,右請求が通則法23条2項1号の所定の期間を徒過しているとして,更正すべき理由がない旨通知した(啓子が昭和60年11月19日に死亡し,原告がその権利義務を承継したこと及び被告が昭和61年3月10日付けで原告に対し,本件通知書を送付したことは,いずれも当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ,右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  申告納税方式をとる租税にあっては,課税の基礎となる事実等を確認したうえでこれを課税庁に通知する納税者の申告によって納付すべき税額が確定し,右申告が過大であるときは,法定の期間内に通則法23条所定の更正の請求をすることによって,当初の申告の是正を求めることができるに止まる。したがって,適法な更正の請求が行われない限り,納税者の申告に基づき納付を受けた租税が当該納税者に対する関係で不当利得を構成することは原則としてなく,例外的に確定申告書の記載内容に客観的に明白かつ重大な過誤があるとともに,右是正方法以外にその是正を許さないならば,納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限り,納税者において法定の方法によらずに当該申告内容の過誤を主張して,申告により納付した租税を不当利得として返還請求できるものと解すべきである。

そこで,これを本件についてみるに,別件訴訟では本件土地が上野の所有である旨認定されていることは前認定のとおりであるものの,前記認定事実に照らすと,仮に啓子が原告主張のとおり,登記簿上の記載によって本件土地を友積から相続したものと誤信した結果,本件申告をしたものであるとしても,右錯誤は当該申告書の記載それ自体から外形上,客観的に過誤が一見して看取できるものでないことが明らかであるから,本件申告及びこれを前提とする本件各処分には,客観的に明白かつ重大な過誤ないし瑕疵があるとはいえない。また,仮に請求原因3(二)の各事情が存するとしても,そのことをもっては,いまだ通則法の定める是正方法以外にその是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情があると認めることもできない。

したがって,本件申告及び本件各処分の過誤ないし瑕疵を前提とする原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

3  原告は,仮に前記主張が認められないとしても,請求原因3(二)の各事情に照らせば,被告が原告に対して啓子の前記未納相続税の納付を請求することは,事情をよく知らない啓子や原告に対して不利益を強いるもので権利の濫用であるから,請求の趣旨2の請求は認められるべきである旨主張する。しかしながら,前記認定事実に照らせば,仮に原告主張の右事情が存するとしても,被告が啓子の承継人である原告に対し,本件通知書をもって確定した相続税の納付義務があることを通知し,右納付方を請求することが権利の濫用にあたるとは到底解されない。したがって,原告の右主張は採用できない。

三  このように,原告の本訴請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 田中敦 裁判官 黒野功久)

<以下省略>

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